2026/07/14

「のぶしな」お披露目上映 新・しんとく空想の森映画祭

 2026年5月23日

私が映画に関わっていくことになった原点でもある空想の森映画祭。

上映会場は、廃校になった旧新内小学校の校舎。校庭には大きな柏の木がドーンと立っている。


今回の映画祭では、やっと完成した出来立てほやほやの新作「のぶしな」をメインに、一作目の「空想の森」、二作目の「風のたより」と、ありがたいことに全作品を上映していただくことになった。

私にとって今までの集大成になるなあと思いながらのぞんだ。


新作の舞台となった長野県・信級からは、主人公の一人である植野翔さん、西川心一朗くんが参加してくれた。製作協力をいただいた方々に完成報告とお披露目上映のお知らせをしたら、何人もの方々が遠方から駆けつけてくれた。二作目から映画の題字とフライヤー・ポスターをお任せしている小菅健三さんは、娘さんと共に参加してくれた。

お披露目上映ということで、お客さんはどんな感じの反応なのだろうか、そして私は新内ホールで何を感じるのだろうかとワクワクしていた。



昼過ぎ、「のぶしな」の上映時間が近づいてくると、廊下は長蛇の列になっていった。その中には顔見知りの人たちが何人もいて、ああ、みんな見に来てくれたんだと、とても嬉しくなった。廊下は人でいっぱいになり、全員上映会場に入るか心配になるほどだった。満員御礼。ホールいっぱいのお客さんを感じながら私も映画を観た。ホールはとてもいい空気に包まれていた。




上映の後のトークの時間に観客の皆さんの前に立った。一緒に映画を観ていて、「のぶしな」が皆さんに伝わった感じがしていた。ほんとうに完成したんだという嬉しさ、今までこの映画に関わってくれたすべての人たち、新得まで足を運んで見に来てくれた人たちへのありがたさが心から湧いてきた。植野くん、心一朗くん、謙三さんを紹介しながら、観客の皆さんはどんな話を聞きたいのだろうかと考えながら話を進めた。

ホールの天井の太い柱を見ながら、小川のじいちゃんを想った。「ようちゃん、よくやったな」とじいちゃんの声が聞こえたような気がした。

小川豊之進さんは私が初めて映画(「森と水のゆめ」)の撮影のスタッフになった時の主人公のおじいちゃん。新得町新内に入植し、土地を開墾して牛を飼い、バン馬を育てていた。じいちゃんが馬に言って聞かせるだけで、ちゃんと言うことを聞いたというすごい人だった。新内ホールから坂を少し上がったところにじいちゃんの家があり、よく遊びに行っていた。じいちゃんはいつも丁寧に美味しいお茶を淹れてくれた。そしていろんな話を聞かせてもらった。私はじいちゃんが大好きだった。

「森と水のゆめ」が完成した時も、この場所でじいちゃんと一緒に舞台挨拶をした。撮影が終わってもお互いの家を行き来し、じいちゃんが亡くなるまで交流が続いた。新内ホールの天井のその太い柱は、この小学校を建てた時にじいちゃんが担いで持ってきたものだと聞いていた。だからじいちゃんのことを思い出したのだろう。そしてきっとこの場に来ていたに違いない。


あれからずいぶん時が流れたが、私は今も映画をつくり続けている。1回目の映画祭に参加した時に味わった感覚を、私はいまだに追い続けているのかもしれない。

今回のお披露目上映も、これから先もずっと心に残る記憶となった。思い出す度にじわーっと心があったかくなる。






お披露目上映も素晴らしいものだったのだが、今回はそれか終わってからの出来事も忘れ難いものとなった。

新作のお披露目ということで、各方面から映画祭に駆けつけてくれた。私の家の近くにある一軒家の大きな宿にみんなで泊まってもらい、上映の翌日に、近所の澤山農場、日勝峠の山神様、新得共働学舎を見学して十勝を味わってもらった。


宿での打ち上げは、地元清水町の仲間たちにも声をかけて、みんなでおいしくて楽しくて最高の夜だった。二作目で撮影させてもらった大沼の山田農場のチーズとワインを取り寄せてみんなに味わってもらったり、鹿追町で青空とポニーというお店をやっている吉崎さん、蕎麦屋をやっていた友人の千賀さんにお願いして、手作りのお料理を堪能した。途中、今回来られなかった編集の小原さんと電話を繋いでみんなの感想を直接話してもらった。小原ちゃんも「のぶしな」がみんなに届いて嬉しかったと思うしホッとしたと思う。




宴の翌朝、みんなが帰途につく日。キッチンや居間の片付けをしていた時のことだ。

東京から来てくれた山本梓さん(アズアズ)が、私に言った。

「陽子さん、これからのぶしなを一人で宣伝して上映して回るのは大変じゃないですか?」

私「うん、大変だと思うけど、できる限りやっていくよ。なんてったってすごくいい作品ができたんだから。」

梓「私、自分に何ができるか考えたんですけど、チームをつくってやっていきませんか。とりあえず、今ここに集まった私、陽子さん、植野くん、ケンゾーさんをコアメンバーとして。」

もう私は一気にテンションが上がった。三作目の「のぶしな」は初めてDCPという劇場規格で作品をつくった。だからなるべく劇場で上映したいと思っていた。その宣伝や営業を一人でやっていくのは限界があるとわかってはいたが、できるところまでやろうと覚悟していた。

願ってもない申し出だった。ありがとう!そうしよう!ということで、寝起きのケンゾーさんと植野くんと話をして、やろう!とすぐに決まった。

宿の片付けが終わりチェックアウトして、そのまま私の家へみんなで移動した。みんなが帰る時間までまだ少し時間があったので、早速のぶしな広報チームの話し合いが始まった。


今回の映画祭は、久しぶりに私の両親も来てくれた。父は風邪気味で体調があまりよくなかったけれど、お披露目上映ということで無理をしていた。私が映画祭の事務局をやっていた時にはよく来ていたので、懐かしい新得の人たちにも会いたかったのだろう。今回は父があまりに元気がなかったので私はとても心配だったが、友人のみわちゃんが宿の送迎やケアをしてくれたので、私は安心して映画祭に集中できた。映画祭期間、父と母とはほとんど話せなかったので、みわちゃんが気を利かせて両親を宿から空港へ送る途中に家に寄ってくれた。父は来た時よりだいぶ元気になっていて私はだいぶ安心した。


庭に出て、私はみんなを両親に紹介した。父が元気になってたので、私は父が得意なけん玉をいくつか出してきた。そして父が楽しそうにみんなにけん玉をレクチャーし始めた。ケンゾーさんの娘のハルさん、ケンゾーさん、植野くん、アズアズも夢中になってしばしけん玉で遊んだ。


庭は芽吹の緑が溢れていた。柔らかな春の陽射しが降り注いでいた。沙羅双樹の木にかけた鳥の巣箱から生まれたヒナたちの声が聞こえる。シジュウカラの親たちが交代でせっせとエサを運び込んでいる。母はそれを嬉しそうに見ていた。

私は木の下のちょうど木陰になったところに椅子を2脚置いた。沙羅双樹の木の下で、父と母は巣箱を見上げながら二人で楽しそうに話をしている。


ケンゾーさんがその姿を家の中から見ながら「なんか人生フルーツみたいだなあ」とぽつりと言った。

私はその映画は見たことはないけれど、ケンゾーさんの言っている意味は伝わってきた。そして芽吹の緑と柔らかな春の陽に包まれた両親の姿を見ていたら、何故か急に泣けてきた。感謝が溢れてきた。どんな時も私を応援し、支えてくれる両親。私はそのお返しがいまだにできていないけれど、今この時を、大切な友人たちと父と母と共有していることは、何かとても特別な時間と空間のように感じていた。

私は涙を拭いて庭に出て父と母の元に座った。神様が用意してくれたような帰るまでの少しの時間を、沙羅双樹にかけられた巣箱を眺めながらたわいのない会話を楽しんだ。

両親が空港に向かった後も、インスタの開設のこと、来月にあるDCP初号試写会のことなど、みんなで時間ギリギリまで話し合いをした。そして時間となり、アズアズ、ケンゾーさんが帰っていった。




残った植野くんと私は、庭に寝転がって空を見ていた。不思議とそんなに疲れていなかった。それよりもこれからのワクワクする気持ちの方が大きかった。ああ、いい映画祭だったなあとしみじみと思った。

お披露目上映も大盛況で、見た人の心に届いたようだったし、地元の仲間たちと映画関係の仲間との交流ができたのも嬉しかった。

そして最終日に思いもかけず、広報チームが立ち上がった。こんな展開になるなんて夢にも思っていなかった。これから一人じゃなくて、チームでやっていけるなんて、嬉しすぎる。しかもすごいメンバーだ。もとより、自分にできることはすべてやって、これだという作品になったから一ミリの後悔もない。多くの人に見ていただきたいから、そのためにできることをやるだけだ。それにしても、一緒にやってくれる仲間がいるってこんなにも嬉しく心強いものなんだなあ。


そして最後に植野くんを空港まで送った。

「最後のシーンが一番良かったですね。」

別れ際、植野くんがボソッと言った。私はてっきり映画「のぶしな」の最後のシーンかと思ってたら、さっきのうちの庭での両親と短い時間を過ごしたシーンのことだった。

私はジーンとしながら植野くんの後ろ姿を見送った。


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