2019/08/16

信級日記 初夏 vol.21



令和元年 7月4日

さぎり荘を出発し、会場のミュゼ蔵へ。
お昼を過ぎると続々とお客さんがやってきた。



吉澤さんが左腕をつってきてくれた。
私はまさか来てくれるとは思っていなかったのでびっくりした。そして嬉しかった。



ひとしきり事の顛末を吉澤さんが話す。
夜に救急車で長野市まで運ばれ、診察を受け脱臼だったので帰ってくださいと言われたそう。夜遅かったので誰も迎えにきてもらえず、タクシーで帰ってきたとのこと。
「高い酒になったよ」と吉澤さん。
「いやー、とにかく脱臼で済んでほんと、よかったわー」
左腕が使えなくて不自由だけど、元気でよかった。



イチローさん、ゆみこさん、ちほちゃんも見にきてくれた。




赤ちゃんを連れたお母さんの姿もあった。





30人ほどの会場だったが、ほぼ満席になった。

冷房を入れてもらい、扇風機も回した。

西川さんが挨拶をして上映が始まった。

私は後ろの方から見ていた。
みんな集中してみていた。時々笑いもあり、私はホッとした。




上映後、休憩を挟んで、輪になって座り質疑応答。

夫婦の会話が面白くて笑ってしまった、
共働学舎の生活が見られてよかった、など
いろんな感想、質問があって面白かった。


イチローさんは、聡美さんとあかりの畑のシーンを見て、
「自分の母親もあんな風にして自分を育ててくれたんだなあと思った。」
というようなことを言った。




親子で見にきてくれた信州新町の方。



近くの町から見にきてくれたご夫婦。

映画を楽しんでもらえて、本当によかった。
西川さんもとても嬉しそうだった。







打ち上げは、西川さん行きつけのひはら食堂でやった。
15人ほどの人が参加。
ジンギスカンがとても美味しかった。

西川さんの娘さんと娘さんのお友達、心一朗くんも参加。
楽しいひと時でした。

ハプニングがあったけど、無事2回目の撮影を終えることができた。
ああ、よかったー。



信級日記 初夏 vol.20

令和元年 7月3日

長野駅から車に乗り、信級へ向かう。
東京で腰の治療をして、痛みがだいぶ軽減した。
よかったー。

途中、信州新町のミュゼ蔵(4日の上映会場)に寄って、会場のセッティング。
西川さんが頑張ってすでに機材をつないでいて、あらかた準備は整っていた。

入り口に遮光のための布も付けられていた。
薄いけど遮光もできてなかなかいい感じ。
カナタの加藤さんに借りたとのこと。
よかった。

暑くなった場合は冷房をつけてもらえるよう、係の人にお願いした。
それから、扇風機も回そうかということになった。

私は画と音を出して、調整をした。
なかなかいい上映会場になってホッとした。

そして私は植野家のキャビンに戻り、ゆっくりと荷物を積み込み、さぎり荘へ移動。
あと二日、無理をしないようにして、さぎり荘に宿泊することにした。
温泉もあるし、とにかく養生しようと。








信級日記 初夏 vol.19



令和元年 7月1日

腰がかなり痛い。
寝ていても痛い。
でもとにかく、羽田さんのインタビューはなんとか頑張ろう。

9:30 とてもじゃないけど、キャメラバックを持つことができないので、
三脚も植野くんに持ってもらって羽田さんのお宅へ向かう。

羽田さんは、にこやかに迎えてくれて、仏間に通してくれた。
相変わらずビシッと綺麗なお家。
植野くんに機材を運んでもらって、キャメラをセッティング。
板の間に座ってのインタビュー。
大工の仕事のこと、小学校のことなど植野くんは聞いていた。
そして合間にこれから信級でこうしていきたいということなど、自分の考えも羽田さんに話していた。
なかなかよかったのではないかと私は思った。
私は腰が痛くて、座る態勢を変えるのに一苦労だった。



インタビューが終わり、茶の間で文子さんがお茶を入れてくれた。
そこでまたタケノコの煮物、ブルーベリーなどをいただきながらお茶飲み話。
植野くんは文子さんと話をするのは初めてとのこと。

こういう感じで、植野くんや浅野さんにインタビュアーになってもらって、これからも信級の人たちにお話しを聞いていきたいと思う。

なんとか無事に撮影を終えてホッとした。

羽田さん宅を後にして、植野家に戻る。
機材を降ろしてもらい、私は腰の治療に東京へ向かった。












信級日記 初夏 vol.18

令和元年6月30日

腰が痛い。
寝床から起き上がるのも痛みが走る。
ぎっくり腰で動けなくなった時と似た感じだった。
これ以上悪化させたらまずいと思った。

7月1日は羽田さんのインタビュー撮影を約束している。
インタビュアーは植野くん。
この撮影はなんとか頑張ってやって、あとは無理できないと判断。
1日、撮影が終わったら東京に行って、いつも体をケアしているところに行くことにしよう。
3日に信級帰ってきて4日の上映会をしっかりやって、5日に帰れるようにしようと思い段取りをした。

痛いけど、ゆっくりとは動けるので、さぎり荘へ温泉に入りに行く。
温めたら少しよくなった感じがした。
この日、あまり動かず過ごした。

蒸した暑い夜だった。
夕食後、みんなで蛍を見に田んぼに行った。
腰は痛むが、ゆっくり歩けば大丈夫だった。

田んぼの間の道をゆっくりと歩く。
「あー、いたー!」
ふわーっと小さな光が時々飛ぶ。

こんな子供の頃の思い出がある植野家の子供たちはいいなあーと思った。









信級日記 初夏 vol.17

令和元年 6月29日


今日は日本農業新聞の取材の日で、かたつむりで待ち合わせをしていた。
記者の清水さんとお昼ご飯を食べながら取材を受けた。



私はわさび丼を注文。
羽田さんのわさびだ。

ひとしきり話を終え、記事に掲載する写真の撮影。
雨が降ってきたので、かたつむりの前の田んぼの脇で傘をさしながらになった。



取材を終え、かたつむりに戻ると、石坂さん、高桑さん、そして吉澤さんが飲んでいた。




薬屋の中沢さんもやってきた。
中沢さんは信級の何軒かのお宅に薬を届けに定期的にきている。





いろんな面白い話をしてくれた。
中沢さんの友達と純子さんの弟さんがバンドを組んでいるとのこと。
歌っている時の写真を見せてもらった。
弟さん、めちゃカッコいい!!


定刻にイチローさんが100年の孤独という焼酎を抱えてやってきた。
そういえば、昨日、うまい焼酎飲ませてやる、明日持ってきてやると言っていた。



私は車なので飲めないというと、
「今飲んで余ったら、持って行って植野と一緒に飲め」とイチローさん。

昨日、イチローさんは先輩方に言われっぱなしだったが、今日はもうイチロー節が炸裂していた。

「オレは口は悪いが嘘は言わねー。写真は自然の写真しか撮らねー。自然は嘘をつかないからな。人間は嘘をつく。だから撮りたくない。」

「ほおおー。それはすごいなあ。」
吉澤さんはこの言葉にいたく感じ入っていた。

「飲め飲め」
すでにビールを数杯のんでいる吉澤さんに焼酎を勧めるイチローさん。
「うまいか?うまいだろ。この焼酎はな、ここらでは売ってないんだ・・・」
と話が続く。
車、カメラ、焼酎、イチローさんのよくする話のジャンルは決まっている。

「こいつは詐欺師だから信用しちゃだめだ。」
と私に向かって言う。
吉澤さんは以前保険のセールスマンをやっていて、女性のセールスレディーたちを束ねていたのだった。

「いやー商売はみんな詐欺みたいなもんなんだから・・・」
飄々とイチローさんに返す吉澤さん。

けっこうひどいことを言っても、なぜか憎めないイチローさんなのである。

吉澤さんとイチローさんが7月4日「空想の森」上映会とその後の打ち上げもに来てくれると言うので、西川さんに電話してお知らせした。


18時。お開き。
かたつむりの前で吉澤さんと別れる。
けっこう酔っ払っていてヨタヨタと歩いている背中を見送る。

そしてイチローさんを車に乗せる。
途中、桑の実をとりたいたいと言うので
止まって、しばらく実をとる。桑の実は子どもの頃の思い出がたくさんあるみたいだ。

植野家でかおりさんとミナトくんと夕食。
植野くんとイサ、カナは剣道で新町へ行っている。

雨が降り出した。
なんだか少し腰が痛くなってきた。
早めにキャビンへ戻り寝る。
9時頃か、救急車のサイレン。誰かに何かあったのだろうか。
心配になる。

純子さんからメールが来た。
なんと、吉澤さんが家の前で転んでうずくまっているところを、たまたま通りかかった中村和正さんが発見して救急車で運ばれたとのこと。
ああ、とにかくこの雨の中、和正さんが通りかかって見つけてよかったー。

















信級日記 初夏 vol.16

令和元年 6月29日

宮平の池田さんのお宅へ向かう。
宮平のバス停の向かいのお家だった。
道路まで出てきてくれていた。

越山さん宅が向かいにあり、越山さんご夫婦が家の前で二人で座っていた。
奥さんのタキ子さんは前に車で宮平を走っていたときに会った人だ。
4人でひとしきり話をして、池田さんの家へ。




せっかくなので撮影をさせてもらいながら、家を見せてもらった。
畑には色々な野菜が育てられていた。
かぼちゃ、ねぎなどは種採りをしているそうだ。



自分で作った炭窯、味噌蔵も見せてもらった。
池田さんは昨年99歳のお母さんを亡くしたばかり。
なんだかハリがなくなってしまったよ。とポツリと言った。

集落で引いている水、池田さんが独自で引いている水の2種類の水源がある。
宮平は水が枯れたことがなく、豊富だとのこと。



家の中も見せてくれた。
お母さんがなくなり、家のものを整理している最中とのこと。
タンスなどたくさん処分したそうだ。
屋根裏部屋には、長持ち、昔の食器、縄を作る道具、羊毛を紡ぐ道具など昔の道具があった。




池田さんは箒も自分で作ることができる。箒づくりの職人に習ったそうだ。
いろんなことができる人だなあ。



羽田さんにつくってもらった倉庫の中には、あらゆる農機具が入っていた。

家は空いているし、自分も週に一回はくるので使いたければどうぞと言ってくれた。
という事で撮影の時に池田さんの家を使わせてもらえる事になった。
泊まるところが増えるのはありがたい。

そうこうしているとお昼になった。
池田さんにお礼を言って、私は急いでかたつむり食堂へ向かった。

つづく












信級日記 初夏 vol.15


伊那のざんざ亭の長谷部さん

令和元年 6月28日

お昼はかたつむり食堂へ。
鴨ちゃんがシェフの日。私は定食を注文。
石坂さん、大桑さんのテーブルに座りおしゃべりしながらいただく。



かたつむり食堂は色んな人がやってくる。
ここで色んな人に出会う。



地域おこし協力隊で信州新町にきているチホちゃん。
「ブログ見ましたー!すごくよかったですー」
と言ってくれて嬉しかった。

彼女は信級で暮らしたいと思っている。そのために色んなことを勉強している最中。
罠の免許を取ったり、ジビエ料理も学びたいとのこと。

伊那のざんざ亭という宿をやっている長谷部さんがご飯を食べていた。
純子さんと何やら打ち合わせをするとのこと。
長谷部さんは、イノシシやシカなどの野生動物の料理人。
猟もできるし、解体もできるし、料理も。
自分で獲ってきた動物を解体し、内臓を色んなやり方で料理し編み出したオリジナルの料理だそうだ。
そのジビエ料理をざんざ亭という自身で経営している宿で提供している。
すごい!こんな人がいるんだー。
いつか泊りに行きたい。

純子さんがやってきて、長谷部さんと打ち合わせをはじめた。
12月にかたつむりで長谷部さんを呼んで、ジビエ料理を作ってもらおうとのこと。
純子さんがこのあたりで獲ったクマの肉を長谷部さんに渡した。
熊肉の料理の研究して12月に提供できたらとのこと。
臭みを抜くやり方があって、熊肉も美味しく食べることができるんだそう。
何やら楽しそうです。



羽田さんも一仕事終えてやってきた。
わさびの出荷を終え、ひと段落したそうだ。
相変わらずピシッとしてかっこいい羽田さん。



イチローさんもいつもの時間に一杯飲みにやってきた。
「焼酎は安いのはダメだ。百年の孤独がサイコーだ。明日持ってきてやる。」
大きな声で今日も元気だ。

宮平のヒロシさんも飲みに来てかたつむりは賑やかになってきた。



そしてさらに宮平の池田寿徳さん、村田修一さん、平林久さんがやってきた。
昭和13年生まれの3人の同窓会だ。
池田さんは塩尻に住んでいるが、週に一度、宮平の自宅にやってきて田んぼや畑をやっている。村田さんは埼玉在住。平林さんも関東に在住しているが、4月から10月は信級の家(イチローさんの家の向かい)に住んで畑をやっている。
3人は実に楽しそうに話をする。ビールもどんどん飲む。

私とチホちゃんも一緒に飲もうと誘われ、じゃあ、飲むかーということになる。
チホちゃんは車を運転して帰らなくてはいけないので飲まずに参加することになった。
チホちゃんの車についてきてもらい、私は自分の車を植野家に置いて、チホちゃんに乗っけてもらいかたつむりに戻る。




カナタの加藤さんが来ていた。私は加藤さん、石坂さんのテーブルに座った。
石坂さんがシェーンを飼う事になった経緯をポツリポツリと話してくれた。
一緒に暮らして3年。シェーンは寝るときには石坂さんの上に乗って寝るそうだ。
石坂さんにとってシェーンはもうなくてはならない相棒になっているのだと思う。

加藤さんとも少し話す。
「きゅうちゃん(加藤さんの息子さん)、とっても可愛いですねー」と私がいうと、
「そうなんだよ。ほんとカワイイんだよ。それでいいヤツなんだよ。」
と独特の可愛らしい声で言った。

そうこうしてると、池田さんたちから「こっちへおいでよー」と呼ばれた。
そして昭和13年組の同窓会に私とチホちゃん、そしてイチローさんも加わった。

昭和13年組の飲みっぷりはすごい。とても80代とは思えない。
私は撮影中なので控えめに。
イチローさんは相変わらず人の話を聞かない。
すると先輩の久さんが、
「お前は、信級だから生きてこられたんだぞ」
そんな事言われてもイチローさんは何処吹く風。
「オレはウソは言ってねー」
言いたい事を言えるこの関係性がいい。
しかし羨ましくなるほど仲がいい。小学校の時の友人とこんな風に飲めるなんて。

何かの話から「宮平って眺めがとびきりいい場所ですよね。一度泊まって朝日を浴びてみたいです。」
と私がいうと、
「ウチに泊まっていいよ。今晩でもいいよ。」と池田さん。
なんだかんだ話しているうちに、撮影の時に宿舎として泊まっていいと池田さんが言ってくれた。
「米も味噌もあるし、美味しい水もあるよー」と。
それで、明日、家を見させてもらう事になった。

この夜、イチローさんが私にこんな事を言った。
一昨年に植野くんが「風のたより」を小学校で上映した時のことだ。
「おらー、あの時30年ぶりに映画を見たんだ。内容はとても良かった!でも画面が暗くてなあ。ウチのテレビの方がずっといいわ。」と。

私はとても嬉しかった。

とてもいい晩だった。

































信級日記 初夏 vol.14


岩下の女性陣。左から、かおりさん、ヨシコさん、カズコさん、キミエさん、サダコさん、エツコさん


令和元年 6月28日。

信州新町方面から信級へ向かうと、この先に集落あるのかな、と思うような道を登っていき、パッと開けたところに出る。そこが岩下。信級のとば口にある。

道路の両脇に紫陽花が植えられている。
まだ満開ではないが、綺麗に咲いている。



岩下はほとんどが苗字が越山。
なので越山さんと言ってもどこの越山さんかわからないので、みんな名前か屋号で呼び合っている。



小雨が降ってはいたが空は明るい。
私は撮影の支度をして、草刈りの場所へ早めに行くと、リーダーのエツコさんに、草刈りの様子を撮影してもいいですかと尋ねると、
「ご苦労さん。どうぞ、どうぞ。」と快く言ってくれた。
念のため草刈りに集まってきた女性たちにも撮影をしていいですかと尋ねると、皆さん快くオッケイ。




小雨の中、みんながそれぞれ鎌を持って道路脇の雑草を刈っていく。
カオリさん以外はみんな高齢の方。



そして一人、男の人はシゲトさん。
あらかじめ、シゲトさんが草刈機で刈ってくれていたので、作業は小一時間ほどで終了した。



そしてお茶タイム。
私も参加させてもらった。
お茶菓子を食べながら、畑のこと、蚊取り線香のこと、食べ物のをこなどなど、笑いが絶えないおしゃべり。
エツコさんはみんなに気を配り、まとめてるリーダーって感じだ。
こうやって1年に一回集まって一緒に仕事をしてお茶するってことも大事なコミュニケーションなんだなあ。

つづく





信級日記 初夏 vol.13


令和元年 6月26日

20:30過ぎ。無事、信級に到着。
植野一家、ちょうど田んぼに蛍を見に行って帰ってきたところ。
自分の田んぼで蛍が見られるなんて、いいなあ。

夜遅くまで植野くんと話す。






令和元年 6月27日

ゆっくり起床。
今回はキャビンの滞在。
まだ少し猫のオシッコ臭があるが、なんとか大丈夫だった。

昨夜は二人で結構飲んでいたようだった。
植野くんはあまり記憶がないらしい。

山と田んぼ、空。キャビンからの眺めは最高だ。
ああ、信級に来たなあ、と思う。

一応撮影機材を車に積んで、メイン通りを走る。
かたつむり食堂はお休みの日だったが、
食堂の隣で石坂さんが黙々と一人、丸太を組んでいた。
かたつむりの風呂をつくるそうだ。
ほんと、一人でなんでもできちゃうんだなー。
愛犬シェーンも元気だ。


植野くんのお隣の西川貴子さんが私が信級滞在中の7月4日に
信州新町で「空想の森」の上映会をやってくれることになった。
映画をとても気に入ってくれて、みんなに見てもらいたいと企画してくれた。
西川さんにとって初めての上映会の主催。
やろうと思ってくれたことがとても嬉しい。

午後から西川さんと一緒に機材をチェックをしに信州新町へ行くことになった。
信級から信州新町へ行く時、私はいつも下界に降りる感覚になる。
なんだか空気が違う感じがする。
西川さんは信級に移住してきて5年くらい。
「風のたより」を見てくれたことがきっかけで、「空想に森」の試写を見てとても気に入ってくれた。この映画がとてもいい!と熱をこめて語ってくれる。
私はとても嬉しいのだが、なんだか恥ずかしいような感じもする。

スピーカーとアンプは植野くんから借り、
プロジェクター、 DVDプレヤー、スクリーンは役場から借りる手配をしてくれていた。
役場に着くと、職員の方が一通り機材を繋いでくれて、画と音のチェックをした。
音もきちんと出て、まずは一安心。
あとは当日、会場でセッティングをするだけだ。

信級に帰って夕食前に、イサ、カナとサッカーをする。
子どもたちはほんと、エネルギーに満ちあふれている。

賑やかな夕食。
肉じゃが、油揚げとブロッコリーの炒め物、糠漬け、玄米、あさりの味噌汁。
美味しかった。
子どもたちの一番のご馳走は何と言っても白米。
玄米だとがっかりする。
白米だとものすごい喜ぶ。特にカナが。
米農家の子どもでよかったねー。

信級の写真集を見ながら、植野くんとつらつらと話す。
昨年、区長さんや何人かの信級の方が亡くなった。
写真集に出ている方々が一人、また一人と亡くなってゆく。
早く撮影を進めていかなくてはいけないと思ってしまう。
が、いやいや、焦らず、今を大事に一つ一つ撮っていこうと思い直す。

明日は岩下(植野くんたちが住むエリア)の草刈りがあるとかおりさん。
主に女性陣がメインでこの時期になるとやるそうだ。
今まで子育てが大変なかおりさんは免除されてきたが、子どもらも大きくなって今年初参加するとのこと。

せっかくだから、撮影させてもらおう!