2019/06/24

「空想の森」上映会 長野県信州新町



「空想の森」上映のお知らせです。

日時 令和元年7月4日(木) 13:00〜
    (上映時間:2時間9分)

会場 ミュゼ蔵 
   (長野県長野市信州新町新町37-1

料金  前売 1000円 / 当日 1300円
              
問い合わせ先:豊土hohto企画 080-6996-5885(西川)

*小さな会場のため席数がそれほど多くありません。
 参加ご希望の方は、お問い合わせをお勧めいたします。 
 監督の田代も参加予定です。




サクランボ




庭の桜の木にたくさんのサクランボがなりました。



けっこう甘くて美味しいです。

美味しそうな実は、すでに雀やアリがに食べています。

2019/06/18

信級日記 春 vol.12

長野市民新聞に記事が掲載されました。





信級日記 春 vol.11

令和元年5月31日






10日間の撮影を無事終えました。

新潟港へ車を走らせながら、
今回出会った人たち、
心に響いたことがらが蘇ってきました。

そして、これからのことに思いを馳せます。

安堵と疲れと高揚感の中で
ヒリヒリするような感覚。

ああ、また始まったんだ・・・

撮影のギアは一気にサードまで入った感じでした。

信級のみなさん、
のぶしなカンパニーの皆さん、
植野家のみなさん、
本当にありがとうございました!

またよろしくお願いいたします。





信級日記 春 vol.10

令和元年5月30日

朝。子供たちの朝食からバスに乗り込むまでを撮影。
そしてカオリさんの畑仕事。




キャメラを担いで田んぼまで歩きました。
田んぼを撮影していると、道の脇の草を刈っていた西川貴子さんに会いました。
心一朗くんのお母さんです。
撮影を中断してひとしきりおしゃべり。

それから、機材を車に積み、
岩本、中村、日向畑、煙が上がっていた関口さんの炭焼き小屋などを撮影。












家に戻ってお昼ご飯を食べていると、西川さんから電話あり。
隣の信州新町のミュゼ蔵で「空想の森」の上映会をやりたいとのこと。
(私の1作目の作品です)
もちろん、やりましょう♪


そして西川さんと一緒にミュゼ蔵を下見に行くことになりました。
「ミュゼ蔵に行くなら向かいの尾澤酒造で十九というお酒がとても美味しいよ。」
と植野くん。





 ミュゼ蔵はこじんまりした素敵なスペースでした。
スクリーンの位置、入口は遮光をした方がいいね、など上映を想定して見てきました。
また撮影に来るときに合わせて上映日を設定することにしました。
(7月4日になりました)




そして尾澤酒造に寄り、以前「風のたより」を小学校で上映したときに見にきてくれた
尾澤酒造のみゆきさんにご挨拶。
私が信級の撮影を始めたことをとても喜んでくれました。
日本酒というのは、もともとその土地で作られた米を醸して地元の神様(神社)に奉納するためにつくっていたものだったそう。
尾澤酒造も毎年、地元の神社にお酒を奉納してるそうです。
短い時間でしたが、共感することが多々あり、嬉しくなりました。




植野家に戻り、イサと一緒にキヨミさんに会いに炭焼き小屋へ。
旅に出るために急いで内装を進めていました。



6月から北海道へ行くということなので、
会えたら会いましょう。


家に戻ると、
「野球しようー」とイサとカナ。

たいがい夕食が終わると「ねー、遊ぼう!」と言われるのですが、
今日はもう飲んじゃって酔っ払ってるから、
とか、まだ機材整理や日記書きをやらなきゃいけないから、
といつも断っていました。

でも明日帰るので、今日が最後。
「よし、やろか!」

二階へ上がってミナくんも一緒に4人で野球をしました。
なかなか面白かったです。

そして最後の晩餐。
私はなんだかとても嬉しかったのでした。
初めての撮影。
思ったよりもずっといい感じで撮影ができて、
いろんな方と話もすることがてきて。

いい夜でした。









信級日記 春 vol.9



令和元年5月29日

午前中は荷物整理と帰りのフェリーの予約。




お昼はかたつむり食堂へ。
今日は純子さんが切り盛り。
石坂さん、シェーン、イチローさん、いつもの面々。




イチローさんの新しく買ったカメラ、
やはり初期不良で新しいものと取り替えてもらったそうです。
よかった。よかった。




ご飯の後、静かになった食堂で純子さんと二人になりました。
2000年に純子さんの出版社オフィス・エムでつくった「のぶしな」という写真集があります。これがどのようにつくられたかを話してくれました。
とても感動的な話でした。


 近所の越山すえ子さんがやってきました。
笑顔がとても可愛らしい人です。
コーヒーを飲みながら、純子さんと話をしていました。
すえ子さんは、昨年最愛の夫・邦雄さんを亡くしたばかり。
邦雄さんの話をしている時、突然上を見上げ、じっと天井を見つめていました。
込み上げてきた涙をこらえているのでした。

ひとしきり話をしてすえ子さんは帰っていきました。
「すえ子さんは泣きたくなるとここへ来るのよ。」
と純子さん。
すえ子さんご夫婦は、信級に移住してきた人たちを、いつも気にかけて親身になって世話をした人でした。
純子さんも、ここに食堂をオープンする時にすえ子さん夫婦にとてもお世話になったそうです。

純子さんがどういう思いで日々ここに通ってきて食堂をやっているのか、少しだけ感じることができました。

天気がいいので、信級小学校へいきました。
やっぱり気持ちがいい。
宮平の眺めがいい校舎の脇に寝転び、しばしお昼寝をしました。

帰り道、坂を下っていったら関口さんが畑仕事をしていました。
私は車を止め、豆をまいているところを撮影させてもらうことにしました。
少し撮影していると、関口さんは手を止め、座って話を始めました。
小学校の話などをしていると、
かたつむり食堂で一杯やった帰りのイチローさんが通りかかりました。

すると関口さんが
「ニンニクの芽取っていけや」
ということになり、3人で隣のニンニク畑に行って芽を採りました。

関口さん、イチローさんのコンビもなかなか面白いものがありました。




今日は三男のミナくんの4歳の誕生日。




みんなでお祝い。

撮影も少しさせてもらいました。










2019/06/17

信級日記 春 vol.8



令和元年5月28日

6:00 今日は田植え。植える苗を、各田んぼに置くところを撮影。

7:30過ぎ 小雨。イサとカナがバスに乗るところを撮影。
この日は近所のおばさんも一緒に乗って行きました。

引き続き、田植えの撮影。
小雨が降っているので、事前につくったキャメラとマイク用の雨用カバーを付けました。

小ぶりの田植えトラクターに乗った植野くんがゆっくりと田んぼに近づいてきました。
妙にかわいらしい。



田んぼに入り、苗を背後に装着します。
そして、自動で植えられていきます。



動きを予測して、撮りたい画を狙うのですが、外れることも多々。
画角のサイズ、操作系統のボタンなどがまだ体に馴染んでいないことも大きいです。
思うようにいかなくて、くそーと思いますが、
何より、ファインダーの中のモノゴトをしっかり見ているか、
ということを心がけるようにしています。





手持ち撮影は撮りたいと思った時にパッと撮ることができて機動性がいいです。
三脚を使った方が画面が安定してもちろんいいのですが、
一人で重たい三脚を担いで移動して、設置して水平とって・・・
という作業はけっこう消耗しました。



9:00過ぎ、長野市民新聞の秋田記者が取材にやってきました。
信級の映画の撮影を記事にしてくれるそうです。

田んぼで写真だけ撮り、話は撮影が終わってからということになりました。

私は必死で撮影。

カエルの声がすごいです。
田んぼの中で、きれいなグリーンの小ぶりのカエルや茶色のカエルを時々見ました。
田んぼに苗が植えられていきます。
まだヒョロヒョロした苗なのに、少し離れてところから見ると、
その田んぼ全体が淡いグリーンに覆われて見えます。

13:30過ぎ、田植えがひと段落し植野くんは帰っていきました。
私はグリーンのかわいいカエルを探して撮影。

14:30まで植野家の離れの小屋で、取材を受けました。
そしてカオリさんが用意してくれたお昼ゴハンを急いで食べ、
羽田さんのインタビューに向かいました。



15:00 羽田富治男さん宅で、妻の文子さんと一緒にお話を伺いました。
「まずはお茶を飲みなさい」
おいしいお茶を淹れてくれました。
今日は羽田さんがつくったワラビとタケノコの煮物がお茶受けでした。

三脚にキャメラを設置して、撮影開始。
とってもいいお話が聞けて、私は一気にテンションが上がりました。

羽田家は大工だったお父さんの代から信級の住人になりました。
息子の富治男さんも迷わず大工になりました。
たたき上げの昔ながらの大工さんです。

信級でたくさん家や土蔵、集会所を建てたそうです。
かしいでしまった土蔵を真っ直ぐに直したり、
下の方が傷んでしまった柱を切って、新しい柱を継いだり、
直す仕事もたくさんしてきました。
そのための大きな道具から小さな道具まで、今も大事に保管してあります。

昭和26年。
今の旧信級小学校の向かって右半分の校舎を建築する時、
棟梁は羽田さんのお父さんの操さんでした。
富治男さんも大工として一緒にこの建物を建てた人です。
その当時、すべて人力です。
屋根など、高いところにあげるときは、長い柱を立て、滑車をつけて上まであげたそうです。
ということで、富治男さんは建物の構造をよくわかっています。
筋交いをたくさん入れたそうで、とても頑丈な建物なんだそうです。

信級小学校のことを聞いてみました。
羽田さんは壊した方がいいという意見でした。
集落の人がどんどん少なくなっている中、
これからの管理維持が大変だからということがいちばんの理由でした。

建物の右半分の2階部分の痛みが激しいと聞いていました。
「その傷んでいる2階の部分を取り壊して、平家にすることはできますか?」
と私は質問しました。
「もちろんできるさー。道具も全部ある。」
と羽田さん。

「今度は富治男さんが棟梁になって、右半分の校舎を平家にできたらこんな素晴らしいことはないですね。
羽田さんの技術を学びたいと思っている植野くんや浅野さん、集落の若者たち、そして希望する大学の建築科の学生たちと一緒にできたら最高ですね。」
と私は思わず口にしてしまいました。
羽田さんの目がキラッとしたように見えました。
でもすぐ遠いところを見るような目になり、微笑んでいました。
私は、みんなの手で再生された小学校が再び信級の中心になっていく、
なんて夢のようなことを妄想していました。

羽田さんはいつも楽しみに見ている水戸黄門もすっ飛ばしてくれて、話をしてくれました。
そして、帰り際、道具を一通り見せてくれました。
小さなものから、大きなものまで、本当になんでもありました。

「またいらっしゃい」
別れ際、文子さんと富治男さんが言いました。
とても嬉しかったです。
そして私は、今度は水源に連れて行ってくださいとお願いをしました。

信級の水源も一つ一つ、記録していこうと思っています。
各集落で水源が違うし、水の引き方、メンテナンスのやり方もそれぞれなので、
今後のためにもそれを記録して残せたらと。



植野家への帰り道、浅野さん夫婦が畑仕事をしていました。
私は車を止め、羽田さんとの話をかいつまんで話しました。
「羽田さんの大工の技術を習いたい、
水源を撮りに行くとき一緒に行きたい」
と浅野さん。
私もぜひ一緒に行きたいです。三脚を持ってもらえるし。

そして植野家に帰りました。
今日は田植えと羽田さんのインタビューを撮り終え、
クランクアップの気分で開放感でいっぱいでした。
そして今日はカオリさんの誕生日♪
お酒も進みました。
羽田さんの話や、小学校のことなど、遅くまで話をしました。

信級の人のインタビューについて、
植野くんや浅野さんがインタビュアーになって、私は撮影に集中してやった方がいいのではないかと提案しました。
「それはいい!」
と植野くん。

そしてそれをざっとまとめてDVDに落として、かたつむり食堂でみんなで見たりするのもいいのではないかと思いました。
話すきっかけになったり、交流するきっかけになれたらいいなあと。

「映画を撮るって大変なことなのに、しかも信級をなんで撮ろうと思ったのですか?」
と植野くんが私に聞いてきました。

「うーん、理屈では説明できないわ。」
と私。

だから撮ってるのだと思います。

ただ、
これです。

と言えるような映画をつくりたいと思います。























信級日記 春 vol.7

令和元年5月27日

朝。苗踏みの撮影。

私が信級にきてから、ずっと晴天が続いていますが、
この日は夏のように暑い日でした。

植野夫婦二人での畑仕事の撮影。

庭の脇の草を刈って、その草を畑の苗の周りにかぶせます。
雑草よけのためです。

畑にはサツマイモ、人参、アスパラ、ねぎなどが植えられていました。

それが終わると、田んぼの畔にはえているヨモギの収穫へ。
ヨモギ畑のようにたくさんはえています。
ヨモギをジェノベーゼのようなペーストにしたいということでやってみるそうです。

収穫を終え、軒先で刈ってきたヨモギを丁寧に洗います。












そしてブルーシートに広げて天日で乾燥させます。




夫婦二人で協力しながら、何気ない会話を交わす姿。
農作業って、いいなあと思います。
それと同時に、こんな風になれるまで
どれだけのことを二人で積み重ねてきたことだろうかとも思います。


午後、道路を挟んだ向かいの西川さんのお宅へ遊びに行きました。
西川さんは不在でしたが、息子の心一朗くんがいました。
彼は釜も自分でつくり、陶芸家として作品をつくっています。

作らなくてはいけないものがあり、
今からやるというので撮影させてもらうことになりました。





粘土をこね、ろくろを回して形をつくる作業でした。
心一朗くんはつくりながら、色んな話をしてくれました。
なぜ陶芸をやろうと思ったのか、どういうことに影響を受けたのかなどなど。

心一朗くんはとても綺麗な目をしています。
そして、とてもしっかりした考えを持っていました。
この綺麗な瞳の青年が、どんな風に信級に根を張っていくのか楽しみでなりません。







夕方、子供たちが学校から帰ってきました。
イサとカナが、自分の家の畑、そして麻の小屋を案内してくれるというので、
撮影をしました。

信級は昔、麻の栽培が盛んでした。収穫した麻を煮ていた小屋が残されています。


今日はたくさんキャメラを回して疲れたー。
ヘロヘロになりました。

今晩は雨が降るようです。

明日田植えができるようです。






信級日記 春 vol.6




令和元年5月26日

朝。植野くんの草刈り、カオリさんの畑仕事を撮影。

今日は信級小学校の草刈りの日。
集落の人たち総出で校庭やプール、校舎の周りの草刈り。
消防訓練もあるとのこと。

その後、小学校建物の一室の公民館で、初めての信級小学校の検討委員会が開かれます。
信級小学校は、現在長野市が管理しています。
その期限が後2年後になっています。
信級地区としてこの小学校の建物をどうするかという話し合いです。

明治45年、今のこの場所に学校が建てられ、色んな変遷を経て昭和51年に閉校。
今に至っています。

8:00 信級小学校へ。草刈機などを持参してみんなが続々と集まってきました。
草刈りが始まる前、植野くんが集まったみんなに私を紹介してくれました。
皆さんにご挨拶をしました。

草刈りが始まり、私も撮影を開始。
みんな思い思いの場所で草を刈っていました。
機械なので結構あっという間に草が刈られていきます。

植野くん、関口さん、イチローさん、吉沢さん、メリーさん、などなど、
知っている人を中心に撮影をしました。
木陰で休んでいる時に、今まで話したことない方とお話ができました。

そして草が刈られさっぱりとした校庭に、消防車が一台ゆっくりと入ってきました。
消防署の方の指導で消火訓練が始まりました。

無事訓練が終わり、私は関口さんと話をしていました。
植野くんがやってきて、
「検討委員会、今回は撮影はだめだそうです」
と言いました。
関口さんが
「せっかくなのに残念だー」と言いました。

植野くんは、払い下げをしてもらう方向で、提案をしてみると言っていました。
建物の老朽化、管理維持費の問題などで、取り壊した方がいいのではないか、
という考えの人もいて、その提案をみんながどう考えるのか。

建物というより、建物を含めたこの空間が、今もみんなの拠り所的存在になっていると私は感じます。
小学校をどうするか、残した場合、維持管理はもちろん、どう活用していくのか、
信級の人にとって大事な問題です。
今回は残念ですが、またこれから撮影のお願いをしようと思っています。

関口さんとしばらく話した後、少し小学校を撮影。

メイン通りを車で走っていたら、庭に出ていたメリーさんと会いました。
そして、手作りの美味しいケーキとジュースをご馳走になりました。
メリーさんは仕事に子育てにとても忙しそうでした。
Tシャツの注文がたくさんきて、社員総出で発送作業に追われ、人手が足りなくてメリーさんも一緒にやっているとのこと。

メリーさんは植野くんの家のミナトくんと同じ年のきゅうちゃんという息子さんがいます。隣に浅野家があって、そこのコウちゃんと大仲良しです。
この日もコウちゃんが遊びにきていました。二人は兄弟みたいです。


浅野知延さん


メリーさんとひとしきり話をして、お昼も近くなったのでお暇して車に乗り込むと、
検討委員会が終わった浅野さんが帰ってきたところでした。
またここでひとしきり話をして、植野家に帰りました。

検討委員会で植野くんの提案に反対する人はいなかったようで、
まずは良かったとのことでした。

植野家は午後から町に買い出しに出かけて行きました。
私はお昼ご飯を食べ、コーヒーを入れて一休み。

そして、キヨミさんと中谷さん夫婦に会いに行きました。
彼らは今植野くんの炭焼き釜にキャンピングカーを置いて修理をしている真っ最中。
もうすぐ、このキャンピングカーで旅を始めるところです。
中谷さんは昼寝の最中でしたが、歓迎してくれました。
キヨミさんはあいにく不在でした。

キャンピングカーの中はとても広くて、ベットのスペース、
作っている途中でしたがトイレとシャワーのスペースもあり、
冷蔵庫も完備していました。
一緒に暮らしている猫のハルさんにも会いました。

炭焼き釜の前に設置されたテーブルで、丁寧に入れたコーヒーをご馳走になりました。
コーヒーの話、カメラの話で盛り上がりました。



そのうち、ワインを出してきてくれて、肉も焼いてくれました。
中谷さんとゆっくり話をするのは初めてでした。
心に残る話がいくつかありました。



日暮れ前の空の色が美しく贅沢な時間を過ごしました。
夜になり、町から帰ってきた植野くんも合流して3人で9時ごろまで飲みました。

関口さん、メリーさん、中谷さん、植野くん、とけっこう話をした日でした。


















2019/06/16

信級日記 春 vol.5



令和元年5月25日

6:30 苗踏みの撮影。
ホワイトバランスがうまく調整できず、もう一度撮らなくては。



8:30 岩下の羽田富治男さんのお宅へ伺いました。
自宅から少し離れた今年収穫するわさび畑を見せていただきました。



黒いシートで覆われた畑の中に入らせてもらうと、
わさびの緑がなんとも清々しいビシッとした美しい畑でした。
羽田さんの人柄が表れているようです。

早速撮影させていただいたのですが、
なんとも自然な立ち振る舞い。
私も嬉しくなって撮りながら乗ってきました。



川沿いにあるもう一つのわさび畑も見せてくれました。
こちらは一年目のわさびで、さっき見たものより小さい丈です。



隣にブルーベリーの畑もあります。



ここに大きな枝ぶりのいい栗の木が一本すくっと立っています。
この木は羽田さんが17歳に時に植えたそうです。



そして家へ戻り、今度は家の隣にある畑に案内してくれました。
畑に行く途中に、羽田さんが炭を作る穴も見せてくれました。
冬にコタツの中に入れる炭を自分で焼いているそうです。



ブルーベリー畑でした。
とても大きな木になっていました。

畑を見させていただいて、羽田さんは日々作物の状態を見ながら
こまめに世話をしているのだなあと実感しました。

「お茶でも飲んでいくか?」
と羽田さん。



お家の中は、これまたビシッと掃除が行き届いていて
気持ちがいいったらありません。

奥さんの文子さんは、体の具合が悪く、あまり外に出ることがありません。
身の回りの世話は羽田さんがやっています。
文子さんは杖をつきながら私をにこやかに迎えてくれました。

羽田さんが自慢の美味しいお茶を入れてくれました。
羽田さんの亡くなったお母さんがお茶が好きな人で、静岡から取り寄せていたそうで、
今もそこから取り寄せているとのこと。
ほんと、美味しいお茶です。
羽田さんが作った筍の煮物もお茶受けに出してくれました。
これがまたいい味でした。

信級小学校に通っていた時の話、お二人の馴れ初めの話、
大工でバリバリやってた頃の話、わさびのこと、水のこと、
旧信級小学校のこれからのことなどなど、
いろいろな話をしてくれました。

信級は、昔は人がたくさんいて賑やかで、田んぼや畑に人の手がかけられていたので、
それはそれは美しい風景だったとのこと。
今の信級も私から見たら美しいと思うのですが、
羽田さんに言わせると、荒れていると言います。
昔の信級はどれだけ美しかったのだろう、見てみたかったなあ。

羽田さんは、畑に出ていても毎日決まった時間(10時と3時)に必ず家に戻って来て
お茶を飲むそうです。
こうして毎日、10時、3時と夫婦でお茶を飲みながら話をしているそうです。
なんてシアワセなことなのだろうと思います。

お話が面白いので、次回はインタビューさせてくださいとお願いしたら、
快諾してくれました。





羽田さんのお宅を後にし、天気もいいので、長者山へ行ってみることにしました。
神社のある宮平の方から上がっていって、林道をくねくねと登っていきます。
きっとここが水源なのだろうというところがありました。

昭和42年、子供たちのために信級小学校にプールをつくりました。
信級には水道は通っていません。それぞれが山から水を引いてきています。
プールの水はどうしたのでしょうか。
小学校の向かいの長者山の山腹の水源から2キロ、サイフォンの原理で水を引っ張ってきたのです。その作業は、集落の人たちが総出だったそうです。
そしてプールに水を貯めることができたのです。
その水はとても綺麗で、でもとても冷たくそんなにプールに入っていられなかったそうです。
小学生の時にそのプールに入ったことがある越山博さんが話していたことを思い出しました。




こんな高いところで、綺麗な水が湧いていて流れています。




飲んでみると、とても美味しい。
少し撮影もしました。



水源からもう少し上に上がっていくと、北アルプスの山々が見えてきました。
いい眺めです。



宮平をゆっくり走っていると、越山タキ子さんに出会いました。
少し立ち話をしました。



そして当信神社へ。



ここでも少し撮影しました。








16:00 植野家に戻り、遅い昼ごはんをいただく。





植野くんは土間に漆喰を塗っていました。
土間の壁が黒っぽいので、白い漆喰塗って明るくするそうです。

これも少し撮影させてもらいました。





羽田さんのお話を聞いていて、
映画とは別に、信級に暮らす人たちの話を記録していったらどうだろうかと思いました。
昔の信級の話、仕事の話、小学校の話、これからの信級のことなどなど。
そうすることで、これからの信級のために役立てたらいいなあと、ぼんやりと思いました。